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製畳【せいじょう】
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●わら縄〜畳床〜新たな需要を求めて 豊岡市日高町では、昭和の初めごろから、「わら縄製品」の生産が盛んになり、第2次大戦後も荷づくり縄を中心に専業者が増加しました。昭和30年代に入ると最盛期を迎え、事業所数が20、農協を販売窓口として年間67,500トンの生産を記録しました。 しかし、昭和35年ごろ、丈夫で、わらのようにクズも出ず、荷づくりしてもかさばらないビニール製の縄が出現したため、わら縄は数年のうちに市場から姿を消すことになりました。 その後、わら縄に代わって製造されるようになったのが「畳床」です。畳床には、わら縄と同じく、わらの周りのやわらかい部分(ハカマ)を大量に使います。昭和38年、奈良県の業者の紹介で、豊岡市日高町の縄メーカーが畳床製造業へ進出したのを皮切りに、豊富な稲わらを原材料とした畳床製造への事業転換が相次ぎました。加えて40年代の高度経済成長、内需拡大のための住宅着工促進という国策が追い風となって、順調に伸びていきました。 豊岡市日高町の畳床は、マンションや建売住宅向けのウエイトが高いため、業界では機械設備を充実させて、大量生産体制を備えることに努めています。その一方で、熟練した職人を養成して「畳」(完成品)を製造している業者もあり、それらの業者は、日本古来の和風畳の製造においても品質の良さで群を抜いており、県内外から高い評価を受けています。畳床(完成品を含む)の生産量は、県下の約40%、但馬内の約80%を占め、豊岡市日高町が誇る地場産業のひとつとなっています。 最近の製畳業の状況をみてみると、平成12年の出荷量が前年を10〜15%下回るなど厳しい状況で、現在は、ピークだった震災直後の出荷量の60%程度になっています。けれども、倒産・廃業する業者はなく、ほとんどの業者で後継者も確保されており、今後、バリアフリー住宅向けの「薄畳」(厚さ約15ミリで標準の畳の半分以下)の需要の増加が期待できるため、積極的に販売増加へ向けて取り組んでいます。 |
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